大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(う)780号 判決 1989年2月27日

主文

原判決を破棄する。

本件を横浜地方裁判所に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人の控訴趣意書及び同補充書のとおりであり、これに対する答弁は、検察官の答弁書のとおりである。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反、法令解釈適用の誤りの主張について

論旨は、原審は結審直前の第六回公判において、公訴事実中、被告人が原審相被告人A<編注・②判決被告人>と共謀の上、同女の両親であるB、C夫妻を殺害して金品を強取しようと企て、とあった部分を、右両名を殺害し、同人ら所有の金品を強取するとともに、右両名に帰属する全財産につき、Aへの相続を開始させて財産上不法の利益を得ようと企て、と改める訴因変更を許した上、右変更後の訴因につき有罪を認定しているが、この訴因変更は時機に遅れ、被告人の防禦権を不当に奪う違法があるばかりでなく、相続による財産の承継を刑法二三六条二項にいう財産上不法の利益に当たるとし、付加された訴因を含む本件所為に強盗殺人未遂の法条を適用した原判決には、法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

記録により明らかな審理の経過に徴すると、所論訴因変更が被告人の防禦権を不当に奪うものとはいえないが、原判決が、相続による財産の承継を右条項にいう財産上の利益に当たると解して訴因変更の上、その点を含めて事実を認定判示し、その全体を強盗殺人未遂罪として処断しているのは是認できない。

刑法二三六条二項の強盗は、暴行、脅迫によって被害者の反抗を抑圧した上、その意に反して不法に財産上の利益を得ることを、同条一項所定の財物の強取に匹敵すると評価し、これと同様に処罰しようとするものであるから、その対象となる財産上の利益は、財物の場合と同様、反抗を抑圧されていない状態において被害者が任意に処分できるものであることを要すると解すべきところ、現行法上、相続の開始による財産の承継は、生前の意志に基づく遺贈あるいは死因贈与等とも異なり、人の死亡を唯一の原因として発生するもので、その間任意の処分の観念を容れる余地がないから、同条二項にいう財産上の利益には当たらない。それ故、相続人となるべき者が自己のため相続を開始させる意図のもとに被相続人を殺害した場合であっても、強盗殺人罪に問擬するのではなく、単純な殺人罪をもって論ずべきであり、右の意図は極めて悪質な動機として情状の上で考慮すれば足りるのである。

原審は、相続により財産権が移転する面のみを重く見すぎた結果、刑法二三六条二項の解釈を誤り、そのため、動機に過ぎない事実を同条項の犯罪構成要件を充足する事実として訴因に付加することを許可した上、この点を含めて事実を認定判示し、その全部につき強盗殺人未遂の法条を適用処断したのであって、付加された訴因の重大性に鑑み、右の各違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

論旨は理由があり、この点において原判決は破棄を免れない。

よって、刑訴法三九七条一項、三七九条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を横浜地方裁判所に差戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田穰一 裁判官田尾勇 裁判官阿蘇成人)

《参考・原審判決抄》(二項強盗罪の成否についての判断部分)

なお、付言するに、本件のように被害者の相続人たる地位を有する者が被害者を殺害して相続名下にその財産を奪おうとする行為が、刑法二三六条二項の「財産上不法の利益」を得ると解することができるかについては、相続が被相続人の積極消極の全ての権利義務を承継するという性質のもので、その対象が包括的、抽象的であることから、相続による被相続人の財産の承継を「財産上不法の利益」と解することはできないとする立場も有り得ると思われる。しかしながら、相続による財産の承継は、その対象が包括的、抽象的であるといっても、実際に相続人が承継するのは、被相続人の所有する不動産や預金等具体的な物や権利であり、ただその総体として対象が包括的、抽象的であるにすぎないことに鑑みれば、相続名下に財産を奪おうとする行為は、あたかも被害者に暴行脅迫を加え、被害者の所有する不動産を強取し、あるいは被害者の預金を強取するなど被害者の全財産についてそれぞれ強取行為を行うことを、被害者の殺害という一つの行為によって同じ効果を達するものと解することができるのであって、このように考えれば、その対象が包括的、抽象的であるとはいえないと思われる。そして、被害者の相続人たる地位を有する者は、被害者を殺害することにより、相続人として被害者の権利者としての地位を譲り受けるのであるから、例えば債務者が債権者を殺害して債権者の債権の追及を事実上免れるという単なる事実上の利益以上の法律上の利益を得るものである。従って、相続による被相続人の財産の承継は、具体的な財物及び利益の総体として、「財産上不法の利益」と評価することができると考えられる。

そうすると、本件において、被告人は、前記のとおり、共犯者Aの両親を殺害して、Aに相続を開始させてその両親の財産を相続名下に取得させ、また、殺害の際にも現場にある現金等も強取する意思があったと認められるから、判示のとおり、双方の意味で強盗殺人未遂罪が成立する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例